追録5-No.551文書旧記雑録暫定版・確認中
島津久尚祭文
〈寛延二年〉八月七日〔本文による。目録日付なし〕/整理ID 旧記雑録追録5_文書0551
確認度高
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概要
中村大學久尚が八月七日に慈徳院殿宗信へ供物と祭文を献じる。六月から病が重くなり、医療・祈祷もかなわず七月十日に死去し、玉龍へ霊柩を移して葬礼を行ったと記す。対句は仁政と民への恩、二十二歳の若さをたたえ、国を治めた手が失われたこと、城中と民衆の嘆きを述べる。死後も面影をしのび、祭礼を受けてほしいと願う。冒頭の六月は病状の経緯で、献祭日は八月七日である。
登場人物
島津久尚
宛先
—
キーワード
久尚、宗信、六月病状、八月七日献祭、玉龍、二十二歳、祭文
冊子頁
196頁
読込量
中
面白さ
高
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(2)166~310頁(寛延2~寛延4).pdf