島津久柄外二名家老連署書状
〈寛延二年〉八月五日/整理ID 旧記雑録追録5_文書0525
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概要
寛延二年八月五日、嶋津主鈴・矢柄・主殿が樺山主計・伊勢兵部・鎌田典膳・平田靱負へ、嶋津兵庫の忌服・江戸への呼寄せと急使派遣を報じる。本田伯耆守の用命で留守居一人を小笠原縫殿助宅へ遣わすことになり、赤松甚右衛門が赴いたところ、太守様の死去の日から忌五十日・服十三月を受けるよう兵庫へ伝え、忌服の書付を追って差し出すこと、兵庫が江戸へ到着した際はその旨を知らせることを指図され、別紙書付を受けた。加賀守も伯耆守宅へ赴いて取次を通じ別紙のとおり御請を申し、小笠原へ伝えた。忌服の書付は翌日提出する予定とし、御守殿へ内々に申し上げるため用人衆を通じて櫻田へ知らせた。主殿は翌六日に道中を急いで出立するので、国元への到着時期は計り難いが発駕を延ばさぬよう手当を求める。今夜、海陸二手の急飛脚を差し立てることとし、御歩行の野村勘助と谷山衆中の田原辰之助を即夜派遣した旨を記す。関係する御方・尾張様・京大坂・隣国への通知も相談している。兵庫の出府に野村大右衛門などの留守居を付ける案を検討したが、人数が少ないため使番を供に付ける案を相談し、用人の供への影響も考慮している。国元から派遣する役の往返と出立について承知するよう求め、小倉筋を急いで道中の通り方を聞き合わせること、宿札は「薩州」と記して掛札は不要との留守居の見解を伝え、別紙二通を添える。
登場人物
嶋津主鈴・嶋津矢柄・嶋津主殿・樺山主計・伊勢兵部・鎌田典膳・平田靱負・太守様・嶋津兵庫・本田伯耆守(本文表記)・小笠原縫殿助・赤松甚右衛門・嶋津加賀守・御守殿・尾張様・野村勘助・田原辰之助・野村大右衛門
宛先
樺山主計殿・伊勢兵部殿・鎌田典膳殿・平田靱負殿
キーワード
兵庫、忌五十日服十三月、江戸呼寄せ、本田伯耆守、小笠原縫殿助、赤松甚右衛門、忌服書付、主殿六日出立、海陸急飛脚、野村勘助、田原辰之助、使番供、小倉筋、薩州宿札、別紙二通
冊子頁
185~186頁
読込量
中
面白さ
中
(2)166~310頁(寛延2~寛延4).pdf