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追録5-No.511記事旧記雑録暫定版・確認中

重年、兄宗信ノ死ニヨリ忌服ヲ受ク

〈寛延二年〉宗信の病気・七月十日死去から十一月六日江戸到着までの記事/整理ID 旧記雑録追録5_文書0511

確認度高
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概要

重年公御譜が、久門は島津久季の養子で家を継いでいたが、宗信の重病により新たに宗信の養子として家統を継がせる遺書が江戸へ送られた経過を記す。宗信は七月十日巳刻に死去し、八月五日に訃報が継助へ伝わり、執政から久門への服制書が交付された。九月三日に使者が薩摩へ届き、六日に家老が久門へ服制書を渡して忌服を受け、十三日に屋敷を移して継豊に会い、解忌を祝われた。同月に出立し、十月の大坂滞在を経て十一月六日に江戸へ到着した。

登場人物

島津久門(重年)・島津宗信

宛先

—

キーワード

島津久門、島津重年、島津久季、島津宗信、養子、服制書、忌服、解忌、九月十三日、江戸出府

冊子頁

179~180頁

読込量

中

面白さ

高

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(2)166~310頁(寛延2~寛延4).pdf