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追録5-No.2529記事旧記雑録暫定版・確認中

家重薨、又巡見使領内ヲ巡見ス

宝暦十一年六月十二日~九月二日(記事)/整理ID 旧記雑録追録5_文書2529

確認度要
この文書は暫定版です

現在、内容を確認中です。概要・人物・宛先・キーワード等は後日修正される可能性があります。

概要

六月十二日、家重が江戸西城で五十一歳で死去して惇信院と諡され、二十九日に薩摩へ訃報が届き、重豪は三原源五左衛門を江戸へ遣わして香奠銀三十枚を献じた。西国巡見使の青山七右衛門・神保帯刀・花房兵右衛門が六月二十二日に出水米之津へ入り、阿久根・永利・宮之城・金山・蒲生・加治木を経て、二十八日に重富で重豪が応接し、家老・若年寄・大目付が侍座した。七月に今和泉・山川・大根占・大姶良を経て志布志へ進んだが、神保が病で残り、他の二使は飫肥へ向かったため、重豪は家老・用人・医師らを派遣した。神保は八月の記事中の脇注で「此月十日」に死去し、同使の命で喪を伏せたとされ、二十九日に喪を発して成願寺へ葬り、二使は九月朔日に肥後へ出境し、神保の従者は翌二日に米之津を発った。

登場人物

家重(惇信院)・重豪・三原源五左衛門・青山七右衛門・神保帯刀・花房兵右衛門・家老・若年寄・大目付・用人・医師・従者

宛先

記載なし(記事。独立宛名なし)

キーワード

家重六月十二薨廿九訃報香奠銀三十、三使米之津入境重富重豪応接、志布志神保病、家老用人医師派遣、脇注此月十日卒秘喪、八月廿九葬九月朔出境翌従者発

冊子頁

848~849頁

読込量

中

面白さ

高

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(6)787~961頁(宝暦10~宝暦12).pdf