追録5-No.2395届書旧記雑録暫定版・確認中
島津重豪届書(穂北村百姓三百三十九人逃散・高岡留置と飢え回避)
宝暦十年八月十一日/整理ID 旧記雑録追録5_文書2395
確認度高
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概要
重豪が八月十一日、幕府領の日向国児湯郡穂北村の百姓男女三百三十九人が牛馬を連れて逃散し、六月十九日から順次、島津領を頼って高岡の境へ来たと届ける。領内へ入れぬよう指示し、高岡の役人と城下から遣わした役人が帰村を促したが従わず、野原で長雨に濡れて病人も出た。食料を持たず餓死に至るほかない状況を黙止しがたいとして、高岡の内に置き、飢えに及ばぬよう申し付けた。なお帰村しない状況を代官揖斐十太夫へ家来から知らせ、朱書は新野清兵衛が堀田相摸守へ持参して受理され、後日に代官へも伝えるとの返答を記す。
登場人物
重豪・穂北村百姓男女三百三十九人・揖斐十太夫・新野清兵衛・堀田相摸守・高岡と城下の役人・家来
宛先
記載なし(正文に独立宛名なし)
キーワード
八月十一日届、穂北村百姓男女三百三十九人牛馬逃散、六月十九日より高岡境、領内禁入、帰村説諭不承引、長雨病人、飯料不所持、及餓死申外無之、高岡内留置、不及飢様申付、揖斐十太夫通知、新野清兵衛持参、堀田相摸守受理
冊子頁
781頁
読込量
小
面白さ
高
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(5)621~786頁(宝暦6~宝暦10).pdf