追録5-No.1965御譜記事旧記雑録暫定版・確認中
忠洪、実母追善ノ供養ヲナス(記事)
宝暦七年八月二十六日(記事)/整理ID 旧記雑録追録5_文書1965
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概要
重年は初め、公族島津兵庫久季の養子となってその家を継ぎ、島津玄蕃貴儔の娘を娶った。彼女は忠洪を産んで亡くなり、法名を正覺院殿貞範妙雅大姉といい、加治木長年寺へ葬られた。その後、重年は家兄重統の家を継ぎ、忠洪も元の家を離れて重年の後を継いだ。忠洪は実母の追善を薩府へ命じ、宝暦七年八月二十六日、正覺院殿の霊牌を萬燈院へ改めて安置し、寺僧に点眼供養を修めさせた。日牌料として毎年米五石を寄せ、多数の祭器を備えた記事。出典は重豪公御譜。
登場人物
島津重年・島津兵庫久季・島津玄蕃貴儔・貴儔の女(忠洪実母、正覺院殿)・島津重統・島津忠洪・萬燈院寺僧
宛先
該当なし
キーワード
重年久季養子、貴儔娘忠洪実母、正覺院殿貞範妙雅大姉、加治木長年寺、重統家督継承、忠洪実母追善、八月二十六日萬燈院霊牌点眼供養、日牌料毎歳米五石、祭器
冊子頁
656頁
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(5)621~786頁(宝暦6~宝暦10).pdf