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追録5-No.1832記事旧記雑録暫定版・確認中

幕府、国目付ヲ薩府ニ派ス(記事)

宝暦五年九月二十二日~宝暦六年十一月三日(記事)/整理ID 旧記雑録追録5_文書1832

確認度要確認
この文書は暫定版です

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概要

前年宝暦五年九月二十二日、執政本多伯耆守正珍が台命を伝え、忠洪が幼年であるため、京極兵部高主・青山七右衛門成親を国目付として薩府へ派遣することを命じた記事。元注は高主を使番、成親を書院番とする。二人は宝暦六年五月十七日、肥後州から薩州出水へ入り、水引・山崎・加治木・重富などを経て、同月二十三日に鹿府の客舎へ到着した。同年十一月三日に任務を終えて江戸へ帰ったと記す。継豊はあらかじめ国中へ心得を命じ、その内容を次文書へ続ける。出典は継豊公御譜。

登場人物

島津継豊・島津忠洪・本多伯耆守正珍・京極兵部高主(元注使番)・青山七右衛門成親(元注書院番)

宛先

該当なし

キーワード

前年九月二十二日、本多正珍台命、忠洪幼年、京極高主使番、青山成親書院番、国目付、五月十七日出水、二十三日鹿府客舎、十一月三日任務終了、継豊国中心得

冊子頁

619頁

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(4)474~620頁(宝暦4~宝暦6).pdf