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追録5-No.1786記事旧記雑録暫定版・確認中

継豊、御鷹ノ鶴ヲ拝領ス(記事)

宝暦六年正月十五日~四月九日/整理ID 旧記雑録追録5_文書1786

確認度高
この文書は暫定版です

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概要

宝暦六年正月十五日、家重が鷹狩りで得た鶴一隻を継豊へ賜り、老中が奉書を添え、本多伯耆守正珍が駅路の証印を発給した記事。家臣佐多休左衛門直矩・丹生彌兵衛恒道と歩士十二人・軽卒六人が護送に当たり、その日に芝邸を出て、東海・山陽・西海の駅路を経て二月十五日に鹿府四配亭へ到着し、継豊が拝領した。同日、矢野清八清香・吉井孝右衛門泰音に報告の書状と正珍が発給した証印を持たせ、江戸へ向かわせた。継豊は島津市太夫久隆を謝恩使として江戸へ遣わし、清香・泰音らも駅路を急いで三月十二日に江戸へ着き、松平武元へ報告して証印を納めた。久隆は西海・備後・東海の駅路を経て十七日に江戸へ着き、二十二日に老中各邸を訪ねて継豊の書状を呈した。四月朔日、久隆が登城して継豊の一種一荷を家重へ献上し、奏者鳥井伊賀守忠孝が取り次いだ。久隆自身も家重へ太刀一腰・馬代銀一枚・紗綾二巻を献上し、白書院で将軍父子に拝謁して私礼を述べた。続いて西城で継豊の一種一荷を家治へ献上し、松平周防守康福が取り次ぎ、久隆自身も太刀一腰・馬代白銀一枚を献上した。四月七日に再登城して西尾忠尚から槍間で継豊宛奉書を受け取り、このとき紗綾三巻を賜り、金森兵部少輔頼錦が取り次いだ。九日には秋元凉朝が自邸へ久隆を呼び、継豊宛奉書を渡した。その後、久隆は江戸を発って薩府へ帰った。出典は継豊公御譜。

登場人物

徳川家重・島津継豊・本多伯耆守正珍・佐多休左衛門直矩・丹生彌兵衛恒道・矢野清八清香・吉井孝右衛門泰音・島津市太夫久隆・松平右近将監武元・徳川家治・鳥井伊賀守忠孝・松平周防守康福・西尾隠岐守忠尚・金森兵部少輔頼錦・秋元但馬守凉朝

宛先

該当なし

キーワード

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冊子頁

601~602頁

読込量

中

面白さ

高

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(4)474~620頁(宝暦4~宝暦6).pdf