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追録5-No.1643記事旧記雑録暫定版・確認中

幕府、忠洪ノ政務ヲ継豊ニ代行セシム(記事)

宝暦五年七月二十七日/整理ID 旧記雑録追録5_文書1643

確認度高
この文書は暫定版です

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概要

宝暦五年七月二十七日、忠洪の名代の島津淡路守久柄が、御先手小笠原縫殿助持廣とともに老中西尾隠岐守忠尚の邸へ赴いた記事。堀田相模守正亮・松平右近将監武元・忠尚が列座し、大目付能勢因幡守頼次も同席した。忠尚が進み出て、亡父重年の遺領すべてを忠洪へ与え、幼少のため領国および琉球国の政務は継豊が先例に従って取り計らうとの幕命を伝えた。さらにその言葉を紙に書き、久柄へ渡した。久柄は芝邸へ戻って忠洪に幕命を伝え、その足で老中・若年寄各位の邸を訪ね、忠洪のために恩命への謝礼を述べた。小笠原持廣には用頼との元注が付く。出典は重豪公御譜。

登場人物

島津忠洪・島津淡路守久柄・小笠原縫殿助持廣(用頼)・西尾隠岐守忠尚・堀田相模守正亮・松平右近将監武元・能勢因幡守頼次(大目付)・島津重年・島津継豊

宛先

該当なし

キーワード

七月二十七日、忠洪襲封、久柄名代、御先手小笠原持廣、西尾忠尚邸、堀田正亮、松平武元、大目付能勢頼次、重年遺領、継豊政務代行、琉球国、芝邸伝達、老中若年寄謝恩

冊子頁

547~548頁

読込量

小

面白さ

高

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(4)474~620頁(宝暦4~宝暦6).pdf