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追録5-No.1457重年公御譜記事旧記雑録暫定版・確認中

重年、重豪ヲ携ヘ参勤ス(記事)

〈宝暦四年〉五月十一日~七月二十八日/整理ID 旧記雑録追録5_文書1457

確認度高
この文書は暫定版です

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概要

重年が島津備中貴儔の娘との間にもうけた善次郎久方を、亡き兵庫久季の家統を継ぐ者として国元に置いていたところ、参勤に伴って江戸へ連れて行こうとし、老中松平右近将監武元へ相談して了承を得た記事。久方には前年十二月十五日に児服を改め兵庫と号したとの元注があり、重年との続柄について異なる記録があるが、実子であるため善次郎と復称したという注を付す。宝暦四年五月十一日、重年は久方を伴って出国し、家老伊勢兵部貞起・新納内蔵久品、側用人二階堂林左衛門行通・福山平太夫安都・河野安之右衛門通古、近習役迫水善左衛門久芳らが従った。二十四日に豊前大里へ着いて乗船し、六月十九日に播州坂越へ着船した。播磨路を陸行して二十四日に大坂、二十六日に川をさかのぼり二十八日に伏見へ着いた。七月二日に伏見を発って美濃へ向かい、四日に大垣へ泊まった。濃・勢・尾三州で前年から役人が治水に従事しており、台許を受けて五日に大垣を発ち、その場所を巡覧した。郡代青木次郎九郎・代官吉田久左衛門が来て用務を執った。遠州金谷では連雨で大井川が増水し、六日間足止めされた。二十二日に江戸芝邸へ到着し、久方は芝邸東門から入り中奥へ入ったとの元注がある。二十五日に上使西尾隠岐守忠尚が芝邸へ来て参勤を労い、重年は同日老中各邸へ謝礼した。二十八日に登営して家重・家治に拝謁し、先例どおり品物を献上、老中各邸で謝礼し、西城でも謝礼した。随行家老伊勢貞起・新納久品も両公に拝謁し、それぞれ家重へ太刀・銀馬代一枚・紗綾二巻、家治へ太刀・銀馬代一枚を献じた。出典は重年公御譜。

登場人物

島津重年・島津備中貴儔・善次郎久方・兵庫久季・松平右近将監武元・伊勢兵部貞起・新納内蔵久品・二階堂林左衛門行通・福山平太夫安都・河野安之右衛門通古・迫水善左衛門久芳・青木次郎九郎・吉田久左衛門・西尾隠岐守忠尚・家重・家治

宛先

該当なし

キーワード

重年、善次郎久方、貴儔娘、兵庫久季、松平武元、五月十一日出国、二十四日大里、六月十九日坂越、二十四日大坂、二十八日伏見、七月四日大垣、五日治水巡覧、青木次郎九郎、吉田久左衛門、金谷六日滞在、二十二日芝邸、二十五日西尾忠尚、二十八日登営、家重、家治、伊勢貞起、新納久品、太刀、銀馬代、紗綾二巻

冊子頁

478~479頁

読込量

中

面白さ

高

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(4)474~620頁(宝暦4~宝暦6).pdf