追録2-No.1720記事旧記雑録暫定版・確認中
徳川綱吉島津綱貴病気見舞記事
宝永元年八月朔日~九月七日/整理ID 1720
確認度中
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概要
綱貴公御譜中に、宝永元年八月朔日、将軍家が田村右京大夫建顕を芝邸へ遣わして綱貴の病気を見舞い、吉貴が謝礼の使書を江府へ送ったこと、十三日には上使本田弾正少弼忠晴が再び病を問い、九月七日には久永内記が病状を尋ね肴一種を賜ったことを記す。ただし吉貴はすでに国を発った後の途上にあって途中で聞き、恩遇への謝礼が遅れたとも記す。末尾は綱貴の譜に詳しいとする。
登場人物
徳川綱吉・島津綱貴・島津吉貴
宛先
—
キーワード
綱貴公御譜、将軍家、八月朔日、田村建顕、芝邸、病気見舞、吉貴、使書、江府、十三日、本田忠晴、九月七日、久永内記、肴一種、発国後の途上、謝礼遅延、綱貴之譜参照
冊子頁
490–491頁
読込量
小
面白さ
★★☆☆☆
原文を確認
(3)294~496頁(元禄14~元禄17).pdf