追録2-No.13記事旧記雑録暫定版・確認中
綱貴国絵図作製ニアタリ三州領有ノ由来ヲ述フ
元禄十年閏二月四日~同月二十七日/整理ID 13
確認度高
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概要
元禄十年閏二月四日、幕府の奉行・目付らが綱貴の留守居赤松甚右衛門を評定所へ呼び、薩摩・大隅・琉球の地図を改め、日向一国の地図は伊東祐実と協議して村里・郡県・国境を正すよう命じた。同月二十七日に参覲のため出国した綱貴は途上でこれを聞く。記事は、忠久以来の三州守護という家説、島津氏の支配拡大、秀吉による日向分割、正保期に光久名義で地図を献じた先例を列挙し、伊東氏と連名で提出することは家の先例に背くとする綱貴の考えを述べる。そのうえで島津主計忠雄を総監とし、大野久明・川上久清らに地図の作成・改訂を命じたと記す。
登場人物
島津綱貴、井上正岑、永井直敬、松平重頼、仙石久尚、能勢出雲守、河口宗恒、井戸対馬守、荻原重秀、伊東祐実
宛先
宛先なし(記事)
キーワード
元禄十年閏二月四日、二十七日出国、綱貴、赤松甚右衛門、国絵図、伊東祐実、日向地図協議、三州守護という家説、正保先例、伊東連名への異議、計忠雄総監、大野久明、川上久清
冊子頁
3–4頁
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★★★★★
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(1)例言・目次・本文1~168頁(元禄10~元禄12).pdf