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旧記雑録拾遺 著作史料集3-文書ID w7:25-2系図・禰寝家/系譜考証旧記雑録拾遺暫定版・確認中

禰寝家系図

年月日未詳/原整理番号 25-2

確認度高
この文書は暫定版です

現在、内容を確認中です。概要・人物・宛先・キーワード等は後日修正される可能性があります。

概要

清盛から基盛・重盛・宗盛へ分かれ、重盛―惟盛以下の系統から禰寝家へ至る系図。惟盛は元暦元年に27歳で入水したとし、その六代後の人物が建仁3年に薩摩国南俣院を給され、禰寝郡司を称して入道後は清重法師と号した由緒を記す。清重の系から清忠・清綱・行西を、別系として資盛―実盛―国盛―時盛および宗実を掲げる。付記では、平田家を宗盛の孫とする説を別の系譜から訂正し、野辺氏についても宗実の子孫とする系図説に対し、武蔵七党の横山党・小野姓とする証書があり宗実の子孫ではないと考証する。

登場人物

清盛、基盛、重盛、宗盛、惟盛、清重、清忠、清綱、行西、資盛、実盛、国盛、時盛

宛先

—

キーワード

禰寝家系図、清盛、基盛、重盛、宗盛、惟盛、元暦元年、27歳、入水、六代、建仁3年、薩摩国南俣院、禰寝郡司、清重法師、清忠、清綱、行西、資盛、実盛、国盛、時盛、宗実、平田家、野辺氏、武蔵七党、横山党、小野姓、系譜考証

冊子頁

509~510頁

読込量

小

面白さ

★★★★☆

原文を確認

(3)383~603頁(諸家系図文書1~3).pdf