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旧記雑録拾遺 著作史料集3-文書ID w7:21-7辞世・平田純正後裔系図/警護事件・役職履歴旧記雑録拾遺暫定版・確認中

平田純正辞世

寛文二年十月十七日(純正没・辞世)、慶長十二年~元禄十年(後続系譜記事)/原整理番号 21-7

確認度高
この文書は暫定版です

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概要

寛文二年十月十七日に八十歳で没した平田盛右衛門尉藤原純正の辞世と、純直・純音以下の後続系譜。純正は『今年今月今日今時今刻』と死の時を明記して歌を残し、法名を天心又玄庵主とする。孫の純直は外祖父壱岐加賀守幸則の養子となり、正保二年冬、遠流途中で谷山正泉寺に宿泊した島津大和守久章の警護を新納仁右衛門と担当した。久章が逃亡を企て、多数を斬って血刀を提げ堂前へ出た際、純直は急走して組み伏せ、左右の額・腕など三か所に深手を負いながら鎮圧した。承応三年に平田姓へ復し、万治元年から綱久に仕えた。清右衛門純音は吟味役・高隈地頭・光久納戸奉行・勘定奉行を歴任し、光久没後には遺物の紋付衣裳を賜り、平山元仲とともに遺骨を高野山蓮金院から墓所へ担いだ。鶴丸紋を連環形に略した純音の家紋、後裔の出生・婚姻・幼死・役職も元禄年間まで記す。

登場人物

平田純正(盛右衛門尉)、純直(木工千代・源左衛門・九郎右衛門・幸伯)、壱岐加賀守幸則、島津大和守久章、新納仁右衛門、島津綱久、和田右京秋寛、純音(木工介・小左衛門・清右衛門)、若松十左衛門久盛、鎌田後藤兵衛政方、島津光久、平山元仲、奈良原助左衛門廣清、中原為兵衛尚昭

宛先

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キーワード

平田純正、辞世、寛文二年十月十七日、今年今月今日今時今刻、天心又玄庵主、純直、壱岐幸則養子、島津久章、遠流、谷山正泉寺、逃亡企図、血刀、組み伏せ、額・腕深手、新納仁右衛門、平田姓復帰、島津綱久、純音、高隈地頭、納戸奉行、勘定奉行、吟味役、島津光久遺骨、高野山、蓮金院、平山元仲、鶴丸紋、連環紋

冊子頁

494~496頁

読込量

大

面白さ

★★★★★

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(3)383~603頁(諸家系図文書1~3).pdf