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旧記雑録拾遺 著作史料集3-文書ID w5:188-7覚書/家由緒旧記雑録拾遺暫定版・確認中

青山六郎左衛門蒲地家由緒覚書

元禄15年正月吉祥日/原整理番号 188-7

確認度高
この文書は暫定版です

現在、内容を確認中です。概要・人物・宛先・キーワード等は後日修正される可能性があります。

概要

元禄十五年正月、青山六郎左衛門が蒲地七左衛門の照会に答え、蒲地家の縁戚・軍役・移住を四条にまとめた覚書。第一条は、母の妹が喜入摂津守の奥方で、本人が国分から摂津守に伴われ、十一歳から十九歳まで祖母のもとに居たこと、外祖母が大口春田に隠居し、兄蒲地八左衛門らも同所に居たことを記す。第二条は、福山坂で女方をめぐり金八を討つよう命じられた伊集院嘉左衛門が若年だったため、龍伯が功者の蒲地帯刀・四郎左衛門に立会いを命じ、両人が金八を討ち果たした件。第三条は庄内陣の際に押えとして敷根内脇元へ移され諸事差配を勤め、陣後に国分へ移った由緒、第四条は本人十五歳の年に父蒲地四郎左衛門が中納言によって鹿児島へ召し移されたことを伝える。

登場人物

青山六郎左衛門、蒲地七左衛門、喜入摂津守、蒲地八左衛門、伊集院嘉左衛門、蒲地帯刀、蒲地四郎左衛門、島津義久(龍伯)、中納言

宛先

蒲地七左衛門殿

キーワード

元禄十五年、青山六郎左衛門、蒲地七左衛門、喜入摂津守、母方縁戚、国分、大口春田、福山坂、伊集院嘉左衛門、蒲地帯刀、蒲地四郎左衛門、金八討取、庄内陣、敷根、脇元、鹿児島召移

冊子頁

373頁

読込量

中

面白さ

★★★★☆

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(2)217~382頁(諸家系図4~5).pdf