旧記雑録拾遺 著作史料集3-文書ID w4:90軍忠状・恩賞請求旧記雑録拾遺暫定版・確認中
建武四年四月和泉道悟軍忠状
建武4年4月/原整理番号 90
確認度高
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概要
建武四年四月、薩摩国の和泉杉三郎入道道悟が、大隅国加世田城・野崎城合戦で重ねた軍忠に対する恩賞を求めた軍忠状。前年三月、将軍家の鎮西下向に際して大宰府へ馳参し、肝付八郎兼重以下の凶徒誅伐を命じる御教書を受けて島津上総入道道鑑に属し、五月六日に加世田城へ押し寄せ、七日には子息らを率いて大手城戸口へ最前に攻め、逆迎えの敵を切り払った。この時、子息弥三郎保右が左股を射抜かれ、翌八日には旗差六郎丸が左小肘を射られ、二十三日の野崎懸合戦でも戦って両城を追い落としたと述べる。軍忠は島津六郎・山野彦四郎入道・伊作田兵部丞が見知し、道鑑の一見状でも明白であるとして、建武三年三月二十八日の将軍家御教書と同年六月の道鑑一見状を副進し、度々の軍忠に任せて恩賞に浴し弓箭の面目を施したいと訴える。
登場人物
和泉杉三郎入道道悟、肝付八郎兼重、島津上総入道道鑑(島津貞久)、子息弥三郎保右、島津六郎、山野彦四郎入道、伊作田兵部丞、旗差六郎丸
宛先
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キーワード
建武四年四月、和泉杉三郎入道道悟、軍忠状、恩賞請求、大隅国、加世田城、野崎城、将軍家、鎮西下向、大宰府、肝付八郎兼重、凶徒誅伐、御教書、島津上総入道道鑑、島津貞久、五月六日、五月七日、大手城戸口、最前攻寄、弥三郎保右、左股射抜、島津六郎、山野彦四郎入道、伊作田兵部丞、五月八日、旗差六郎丸、左小肘、五月二十三日、野崎懸合戦、両城追落、一見状、副進、弓箭面目、高尾野士出水藤之丞蔵本
冊子頁
252~253頁
読込量
中
面白さ
★★★☆☆
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(2)217~382頁(諸家系図4~5).pdf