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旧記雑録拾遺 著作史料集3-文書ID w3:40系図旧記雑録拾遺暫定版・確認中

江田源助家系図

年月日未詳/原整理番号 40

確認度高
この文書は暫定版です

現在、内容を確認中です。概要・人物・宛先・キーワード等は後日修正される可能性があります。

概要

小野太郎家綱を起点とする江田源助家の系図。家綱は文治三年、源頼朝が惣追捕使として諸国の国人を御家人に補した時に日置地頭となり、島津忠久の命により内裏大番を勤めた。家重は父の譲りを受け日置を領し、京都大番・筥崎警固に従事した。家長は兄に男子がないため跡を継ぎ日置を領して大田を号し、家氏は大田を退いて江田へ改称し、肥前松浦の湊村・同国移万名等の地頭として居住した。家房は松浦を退き日州三俣へ移り、家貞は三俣領主肝付兼重が畠山式部に攻められた際、兼重を山林へ逃がして肝付八郎兼重と名乗り身代わりに討死した。両家は一方が絶えれば他方が継ぐと誓約し、兼重は遺児兼政に伴姓と『兼』字を与えたとする。後半は兼盛・兼房・兼行、兼尭・兼秀、兼賢・兼廣・兼乗、兼年らの系線、官途・通称を掲げる。

登場人物

源頼朝、島津忠久、家綱、家重、家長、家忠、家氏、家房、家貞、足利尊氏、畠山式部、肝付兼重、兼政、兼盛、兼房、兼行、兼尭、竹内備前守、兼秀、兼賢、兼廣、兼乗、兼年

宛先

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キーワード

江田源助家系図、小野太郎家綱、文治三年、源頼朝、惣追捕使、御家人、日置地頭、島津忠久、内裏大番、京都大番、筥崎警固、大田号、江田改称、肥前松浦、湊村、移万名、日州三俣、肝付兼重、足利尊氏、畠山式部、身代わり討死、肝付八郎、両家相続誓約、伴姓、兼字、人物志

冊子頁

156~157頁

読込量

中

面白さ

★★★☆☆

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(1)解題・例言・目次・本文1~216頁(諸家系図1~3).pdf