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旧記雑録拾遺 著作史料集3-文書ID w3:37系図旧記雑録拾遺暫定版・確認中

相良氏系図

年月日未詳/原整理番号 37

確認度高
この文書は暫定版です

現在、内容を確認中です。概要・人物・宛先・キーワード等は後日修正される可能性があります。

概要

佐近・頼安以下の相良氏系図と、清兵衛頼兄・喜平次父子を中心とする家伝。清兵衛は永禄十一年に球磨で生まれ、相良の本姓へ復した。慶長五年、福原右馬助が主取となる濃州大垣城に熊谷内蔵之助・木村宗右衛門・垣見和泉守・相良宮内頼房・高橋右近・秋月長門守らと籠城したが、秋月・高橋・相良は関東方へ赦免時の返忠を申し入れ、城内で五将を討って降参した。この策が清兵衛の謀によるとして徳川家康から感状を受け、近習に取り立てられ、肥後葦北郡を与えるとの申し渡しを辞退した後も御目見・近習同前とされた。球磨城主相良壱岐守の仕置を清兵衛が担った際の専横をめぐり江戸へ召され、清兵衛・喜平次の不仕合の風聞から一揆・内乱が起こり、清兵衛は津軽へ預けられた。頼安の妻を島津中書家久の娘とし、その子喜平次(内蔵丞)は元和三年に加治木へ赴き島津義弘の加冠を受けた。寛永十七年の球磨仕置処分時には薩摩屋敷へ遣わされ、その後公儀の構いを解かれ、薩州の臣として二千石を与えられたと記す。

登場人物

相良佐近、相良頼安、相良頼兄(清兵衛)、相良宮内頼房、相良壱岐守、福原右馬助、熊谷内蔵之助、木村宗右衛門、垣見和泉守、高橋右近、秋月長門守、徳川家康、犬迫、犬童美作入道休意、喜平次(内蔵丞)、島津家久、島津義弘

宛先

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キーワード

相良氏系図、相良頼安、相良頼兄、清兵衛、永禄十一年、球磨、大垣城、慶長五年、福原右馬助、熊谷内蔵之助、木村宗右衛門、垣見和泉守、相良宮内頼房、高橋右近、秋月長門守、関東方、五将討取、降参、徳川家康感状、近習、肥後葦北郡、球磨仕置、一揆、内乱、津軽預け、島津家久女、喜平次、島津義弘、加冠、寛永十七年、薩州臣、二千石

冊子頁

153頁

読込量

中

面白さ

★★★☆☆

原文を確認

(1)解題・例言・目次・本文1~216頁(諸家系図1~3).pdf