島津龍伯・同惟新・同忠恒連署錠書
慶長六年八月七日/原整理番号 45-3
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概要
慶長六年八月七日、島津忠恒・惟新・龍伯が連署して諸士・外城衆・百姓らに示した掟。命令への異議、武具の油断を禁じ、100石につき具足1領を用意させ、出陣時は25石取以上を自飯、25石未満でも門屋敷持を自夫とする。殿役不勤は門1つにつき領主知行1石を召し上げ、番・普請・狩の懈怠が3度に及べば所領を没収する。上下を問わず喧嘩を禁じ、私闘は理非を問わず双方を処罰する。外城衆には地頭の下知への服従を求め、戦場で地頭の手を離れて挙げた高名を忠節と認めず、地頭の無理は披露させる。このほか、無許可乗馬・余分な携行品の禁止、百姓(女性を含む)の卯刻出・戌刻帰、逃亡者の相互匿い禁止、奉公人の怠惰禁止、召集・供・夫・飛脚の即日履行、親類縁者を雇う徒党、大振舞・私的大酒、期限超過の納付を取り締まり、違反者は士なら所領没収、凡下なら成敗とする。編者は『旧記雑録後編三』2534号と同一とし、寛永十五年の島原衆への御袖判法度が本掟を踏まえた可能性を論じる。また田中綱紀が写した猪俣家蔵本から転載したとし、猪俣為右衛門則康が賦奉行として保持した本か後世の写本かは不明と留保する。
登場人物
島津忠恒、島津惟新、島津龍伯、猪俣為右衛門則康、田中綱紀、伊地知季安
宛先
宛先なし(三公連署掟書)
キーワード
慶長六年八月七日、島津忠恒、島津惟新、島津龍伯、掟、武具、100石につき具足1領、25石取、自飯、自夫、殿役、門1つにつき知行1石、番、普請、狩、三度懈怠、所領没収、喧嘩停止、外城衆、地頭下知、無許可乗馬、卯刻出・戌刻帰、逃亡者、即日履行、徒党、二汁二菜、大酒停止、納付遅延、凡下成敗、後編三2534号、御袖判、猪俣為右衛門則康、田中綱紀
冊子頁
32~34頁
読込量
大
面白さ
★★☆☆☆
(1)解題・例言・目次・本文1~176頁(寛永軍徴14の上・14の下・15).pdf