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旧記雑録拾遺 著作史料集2-文書ID 381-3島原・有馬出陣記奥書旧記雑録拾遺暫定版・確認中

有馬原之城高名究帳奥書

元禄十三年三月十三日/原整理番号 381-3

確認度高
この文書は暫定版です

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概要

有馬山の戦いと名を残す心構えを詠む歌・教訓に続き、島原・有馬出陣の経過を記す奥書。寛永十四年冬に邪宗の土民が有馬城へ籠城し、薩隅日三州の士が翌十五年正月十一日に出陣した。田布施の地頭鎌田左京政高が京都勤務中だったため、田布施諸士は同心して敷根筑前守の手に属した。諸所の衆は有馬で高名を挙げた一方、鹿児島衆・外城衆は天草高津浦の番を命じられて高名がなく、船留が厳重で落城前後の事情も知らなかったという。三月下旬に帰陣。坂元安右衛門尉清長が寛永十五年三月十一日に記し、破損したため孫の坂元七郎左衛門清愛が元禄十三年三月十三日に改めた。

登場人物

坂元清長(坂元安右衛門尉)・坂元清愛(坂元七郎左衛門)

宛先

宛先記載なし

キーワード

坂元清長、坂元安右衛門尉、坂元清愛、坂元七郎左衛門、寛永十四年冬、寛永十五年正月十一日、寛永十五年三月十一日、元禄十三年三月十三日、島原、有馬城、邪宗、薩隅日三州、田布施、鎌田左京政高、京都勤務、敷根筑前守、鹿児島衆、外城衆、天草高津浦、船留、三月下旬帰陣、奥書、歌、教訓

冊子頁

342~343頁

読込量

中

面白さ

★★☆☆☆

原文を確認

(2)177~354頁(寛永軍徴16・17・18の上・18の下).pdf