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旧記雑録拾遺 著作史料集2-文書ID 333-40記事旧記雑録拾遺暫定版・確認中

記事

年月日未詳/原整理番号 333-40

確認度高
この文書は暫定版です

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概要

小笠原備前組を中心に、二月二十七日の原城総攻撃で各組が二之丸・本丸へ突入した経過と、軍功・死傷を列挙した記事。前夜の仕寄場当番を終えて組士が休息中、城乗りを聞いて出動し、番頭有吉舎人が真先に二之丸へ攻め入って一揆二人を突き留め、妙解公から高名を与えられたこと、七十三歳の藤本勘助と河村伊右衛門らが備前旗を進め、諸番頭・組士が石垣・升形を攻めて多数の討死・手負を出したことなどを記す。末尾の『伝曰』以下では、寄手が本丸を包囲しても一揆側は決死で防戦すると述べ、先祖・主君・上使らを意識して一同で乗り崩せとの評言を掲げ、その言葉で総勢が突入し、病中の志水伯耆に代わる嫡子新之丞の組にも死傷者が出たとする。

登場人物

小笠原備前、有吉舎人、藤本勘助、河村伊右衛門、細川立允、志水新之丞ほか

宛先

宛先なし(記事・記録類)

キーワード

小笠原備前組、二月二十七日、原城総攻撃、二之丸、本丸、有吉舎人、一揆二人突留、妙解公、高名、藤本勘助、七十三歳、河村伊右衛門、備前旗、石垣、升形、諸番頭、組士、討死、手負、伝曰、決死防戦、総勢突入、志水伯耆、志水新之丞

冊子頁

252~255頁

読込量

特大

面白さ

★★★★☆

原文を確認

(2)177~354頁(寛永軍徴16・17・18の上・18の下).pdf