旧記雑録拾遺 著作史料集2-文書ID 333-33差出旧記雑録拾遺暫定版・確認中
田中左兵衛差出
寛永十五年七月廿一日/原整理番号 333-33
確認度高
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概要
二月二十七日の原城落城時、田中左兵衛が三之丸・二之丸までは主君の側に置かれていたが、諸勢が本丸へ乗りかねるなか、志水久馬とともに先手へ進むよう命じられ、本丸石垣へ直行した経過を住江求馬介へ申し出たもの。上から鉄砲・石・槍・火を受けながら名乗って乗り込み、自身が一番乗りであると主張する。城内で多数の敵と戦い、左腕・両腿・足・首や顔面など多くの傷を負ったこと、肥後守らの前で乗込みを述べたこと、他国衆の評判を大村猪右衛門も聞いたことを証拠に挙げる。末尾で阿部市太夫が内容に相違ないとして判形を据える。
登場人物
田中左兵衛(記事333-32では氏久)
宛先
住江求馬介
キーワード
寛永十五年二月廿七日、原城落城、三之丸、二之丸、本丸、田中左兵衛、志水久馬、先手、本丸石垣、一番乗り申告、鉄砲、投石、槍、火、負傷、肥後守、大村猪右衛門、寛永十五年七月廿一日、住江求馬介、阿部市太夫、証拠判形
冊子頁
245~247頁
読込量
大
面白さ
★★★☆☆
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(2)177~354頁(寛永軍徴16・17・18の上・18の下).pdf