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旧記雑録拾遺 著作史料集2-文書ID 320日記旧記雑録拾遺暫定版・確認中

元寛日記

年月日未詳/原整理番号 320

確認度高
この文書は暫定版です

現在、内容を確認中です。概要・人物・宛先・キーワード等は後日修正される可能性があります。

概要

『元寛年月日記』巻第十三の寛永十五年二月二十七日条。鍋島勢は築山から大石・火矢を絶え間なく浴びせて城兵の出丸往来を妨げ、出丸を乗り取るための仕寄を進めた。二十七日午刻、出丸近くに鎧武者三百余騎を隠し、竹束を段々に付けて攻撃を開始したため、二十八日の総攻め命令を待つ諸陣は法令との関係に戸惑ったという。城内からの矢・鉄砲・木石が激しいなか、榊原左衛門らが三の丸へ攻め込み、鍋島勢や追随した諸勢が戦って三の丸・出丸を占めたが、日暮れまでに本丸は落ちなかった。翌日の攻撃に向け、黒田忠之は他勢に先を越されたことを惜しんで先掛けを命じ、細川忠利は退却を禁じて戦功への恩賞と臆病への処罰を示し、米田美作父子を先陣に定め白旄を与えた。父板倉重昌の仇を討ちたいと願う板倉主水重矩には、石谷十蔵貞清が意を認めつつ士卒の下知を全うするよう求めた。

登場人物

鍋島勝茂・黒田忠之・細川忠利・米田美作父子・板倉主水重矩・石谷十蔵貞清ほか

宛先

宛先なし(日記記事)

キーワード

元寛日記、寛永十五年、二月二十七日、鍋島勝茂、築山、大石、火矢、出丸、仕寄、午刻、鎧武者三百余騎、竹束、二十八日総攻め、法令、榊原左衛門、三の丸、一番乗り、本丸未落、黒田忠之、先掛け、細川忠利、退却禁止、恩賞、処罰、米田美作父子、先陣、白旄、板倉主水重矩、板倉重昌、仇討ち、石谷十蔵貞清

冊子頁

197~199頁

読込量

大

面白さ

★★☆☆☆

原文を確認

(2)177~354頁(寛永軍徴16・17・18の上・18の下).pdf