旧記雑録拾遺 著作史料集2-文書ID 306日記旧記雑録拾遺暫定版・確認中
寛明日記
年月日未詳/原整理番号 306
確認度高
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概要
『寛明日記』の二月二十四日条。早朝、松平伊豆守信綱の陣屋で寄手の大小名が総攻めを評議した。戸田左門は、上使から人数を損なわず落城させるよう重ねて命じられているとして兵糧攻めを提案する。水野日向守は、援軍の恐れがないことや籠城が二百日前後に及ぶことを論じたうえで、今は城を一気に切り崩す時期だと述べたが、諸将の意見が一致しないまま攻めれば多数を損じ、人数を損なわぬようにとの上意にも背くとして、上使の信綱が統一して裁決すべきだと主張した。細川越州・鍋島信州は二十五日に総攻めとなれば二・三の郭を請け取って乗り崩すと申し出る。日向守は評議を退き、美作守を残して結果を聞かせ、信綱の評定で二十六日の総攻めが決まり、諸将は退出した。
登場人物
松平伊豆守信綱、戸田左門、水野日向守、細川越州、鍋島信州、小笠原右近大夫、水野藤右衛門、美作守
宛先
宛先なし(日記記事)
キーワード
寛明日記、二月二十四日、松平信綱、戸田左門、水野日向守、総攻め評定、兵糧攻め、籠城二百日、細川越州、鍋島信州、二の郭、三の郭、人数損失、上意、統一指揮、二月二十六日
冊子頁
179~180頁
読込量
大
面白さ
★★★☆☆
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(2)177~354頁(寛永軍徴16・17・18の上・18の下).pdf