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後編5-No.451文書

松平定綱書状

(寛永八年)十月十一日

確認度

概要

徳川秀忠は痛みが和らぎ食事も取るが、長い病気で疲労と顔色の悪さが残り、全快は容易でないとの医師の見立てを伝える。九月二十五日に酒井忠世邸が焼失したが延焼はなかったこと、上京中の細川三斎が秀忠の容体を受けて帰国したことも知らせた松平定綱の書状。

登場人物

松平定綱、徳川秀忠、酒井忠世、細川三斎、島津家久

宛先

島津中納言(島津家久)

キーワード

松平定綱、徳川秀忠、酒井忠世、細川三斎、島津家久、病状、食事、疲労、火災、上京、帰国

冊子頁

238

読込量

面白さ

★★★★★

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(2)187~351頁(寛永8~寛永9).pdf