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後編3-No.1216文書

大田氏系図

年月日未詳

確認度

概要

種田氏の娘で天正七年生まれの御松に関する大田氏系図の記事。関ヶ原敗戦時、御松は太守の簾中(島津家当主夫人)に従って大坂屋敷にいた。豊臣秀頼の大老が簾中の帰国を許さなかったため、二十歳の御松は夫人に代わって屋敷に残ると申し出た。その忠言を上下の者が称賛したが、別策によって夫人とともに無事帰国し、大坂での忠節を賞され三百石を与えられた。所領は後に忠安へ譲られ、寛永二十一年五月十三日、六十七歳で没し、法号は海月妙知という。

登場人物

御松、太守簾中(島津家当主夫人)、豊臣秀頼、大田忠安、西俣彦右衛門尉

宛先

該当なし

キーワード

大田氏系図、御松、種田氏、天正七年、関ヶ原敗戦、大坂屋敷、太守簾中、島津家当主夫人、豊臣秀頼、大老、身代わり、忠言、帰国、忠節、三百石、忠安、寛永二十一年五月十三日、海月妙知

冊子頁

593

読込量

面白さ

★★

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(5)572~683頁(慶長5).pdf