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後編2-No.1532文書

島津義弘書状

文禄4年6月5日

確認度

概要

義弘は、又八郎が元気に残番しているので安心するよう妻の宰相殿へ知らせ、秀吉の朱印で上洛を命じられたため五月十日に朝鮮を出船したと報告する。 五月雨と逆風のなか自船だけが先に着岸し、供船を待って上洛する予定や、久四郎の下向を家族が喜んでいるだろうとの心遣いも記す私信。

登場人物

島津義弘、宰相殿、島津家久、久四郎

宛先

宰相殿

キーワード

島津義弘、宰相殿、島津家久、久四郎、残番、上洛、朱印状、朝鮮出船、五月雨、逆風、私信

冊子頁

888

読込量

面白さ

★★★★★

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(8)858~972頁(文禄4・文書目録)・奥付.pdf

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採用済みの翻刻・訳文

3

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原文写し

管理人採用済み
「義弘公御譜中」 「正文在加治木飛城権右衛門経秀」 なをく又八郎事けんこに残番せられ候間、心やすかるへく候、 我等事可致上洛之由、以御朱印被仰下候條、五月十日ニからしま出船候て、五月雨の最中、海上も靜ならす候へ共、漸今朝此津へ着岸候、然間我等のり舟一そう適参着候、定而供の舟共も近日可參候之間、やかて上洛申へく候、將又久四郎下向候□其聞候、左こそ其元のよろこひこれよりおしいはかり候、久四郎へも書状にて可申候へ共、急便之間無其儀候、先々御心得あるへく候、何共重而可申候、かしこ、 「朱カキ」 「文禄四年カ」六月五日 大さか右 よし弘 宰相□へ まいる
根拠・参照箇所
geminiによる原文写し
投稿者
keicho
投稿日
2026-08-10

書き下し文

管理人採用済み
「義弘公御譜中」 「正文加治木飛城権右衛門経秀に在り」 尚々(なおなお)又八郎(忠恒)事堅固に残番せられ候間、心安かるべく候。 我等の事上洛致すべきの由、御朱印を以て仰せ下され候条、五月十日に唐島(加唐島または韓島・朝鮮の港)出船候て、五月雨(さみだれ)の最中、海上も静かならず候へども、漸く(ようやく)今朝此の津(大坂の港)へ着岸候。然る間我等の乗り船一艘たまたま参着候、定めて供の船共も近日参るべく候の間、やがて上洛申すべきへく候。将又(はたまた)久四郎(忠清)下向候(下国した)□それ聞き候、左こそ(さぞかし)その元の喜びこれより推し量り候。久四郎へも書状にて申すべきに候へども、急便の間その儀無く候、先々御心得あるべく候、何共重ねて申すべく候、かしこ。 六月五日 大坂より よし弘 宰相殿へ まいる
根拠・参照箇所
geminiによる書き下し文
投稿者
keicho
投稿日
2026-08-10

現代語訳

管理人採用済み
追伸。又八郎(忠恒)のことは、(朝鮮の)陣頭で無事に残番(留守居役・警備)を務めておりますので、どうかご安心ください。 私どもの儀、京へ上洛せよとの旨、秀吉様より御朱印状(指示書)をもって命じられましたので、5月10日に唐島(朝鮮沿岸あるいは対馬近くの島)を出港いたしました。梅雨(五月雨)の真っ只中で、海の上も波風が荒れて穏やかではありませんでしたが、ようやく今朝、この港(大坂)へ無事着岸いたしました。私の乗る船一艘がひとまず無事に到着いたしましたので、お供の船々もきっと数日のうちには到着することでしょう。到着しだい、すぐに上洛(京都へ向かう)するつもりでございます。 また、久四郎(忠清)が(京都から)国元へ下向したとの知らせを耳にいたしました。さぞかしそちら(あなた)の喜びはいかばかりかと、こちらからも推し量っております。久四郎へも手紙を書きたいところですが、急ぎの便でありますので(今回は)手紙を出すことができません。ひとまずこの旨お含みおきください。詳しいことはまた改めて申し上げます。かしこ。 6月5日 大坂より よし弘(島津義弘) 宰相殿へ(妻・実窓院) 参る
根拠・参照箇所
geminiによる現代語訳
投稿者
keicho
投稿日
2026-08-10