後編2-No.1364文書
島津義弘書状
文禄3年8月7日
確認度高
概要
朝鮮在陣中の島津義弘が妻の宰相殿へ、老境ながら無事に過ごしていると知らせ、平松・栗野の家族にも自身の消息を伝えるよう頼む。 日本の諸大名にも父子そろって在番する例がないなか、又八郎まで渡海すれば父子とも高麗に在陣することになると苦慮する。自分が異国で没した場合にも、死後に一万部の経を読んで供養する以上に、妻が身持ちを正して家の名誉を守ることを望み、帰朝に向けた働きかけを求めた私信。
登場人物
島津義弘、宰相殿、又八郎
宛先
宰相殿(さいしょう殿)
キーワード
島津義弘、宰相殿、又八郎、夫婦書状、朝鮮在陣、高麗、父子在番、渡海、異国死、読経供養、家名、帰朝
冊子頁
804~805頁
読込量
大
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★★★★★
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(7)713~857頁(文禄2~文禄3).pdf
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採用済みの翻刻・訳文
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原文写し
管理人採用済み「義弘公御譜中」
「正文在加治木飛城権右衛門経秀」
猶々平松へも、無事に今日まてハ老躰ながらへ候由、こゝろへあるへく候、又まこたちへも申たく候、又今程は栗野へも平松かんんにん候やと存候、
一栗野内城さそくともしく候らんと、自是物おもひやりたる計にて候、
一むすめへも從其めつらしき事身にあまり候由、心得るへく候、
一いつれもく男女人ほうくう申候者共へ、從其心得頼入候、
一花香取候ほんそんの御前のきねんはうす共へも、いよく頼むのよしこゝろへあるへく候、
一野添善兵衛尉參候砌、委ことつて共申候、定とき申候らんと存候、
一野添善兵衛尉か彼大主か參候する折節、こまく音つれうけ給へく候、
一大しん于今さかしく候哉、如何、候覽と存候、
一申度事ハ多山つきす候へ共、書あへず候間、筆をとめゝ候、巨細大主へ相含候、爰元の様躰彼是きかるへく候、以上、
わざと申まいらせ候、仍唐と日本之あつかいもあひきれ候由、申ちらし候、さてハ我等歸朝の儀ハ、中々おもひ絶たる儀ニ候、然者又八郎事無渡海様に候へかしと、明暮思ひまいらせ候、久四郎事茂干今在京候哉、いかかとそんしまいらせ候、しかれハ彼三年間しんくしんらう仕候事も、御家之ため、又は子供のほうくうと存候てこそ、ありきまいり候儀ニ候ニ、さそく我等無くなり候ハ、、子供のしんたい行動如何ニ成へきいしやうしんたい事ハ、袖に涙もせきあへぬ計にこそ候へ、さき儀ハ不申及、子供のために候間、それのかくこ故あしを立候ぬやうに候ハ、、我等無跡に、たとへ一万部の經をよミ候てたむけ候はんより茂、うれしかるへく候、
一日本の諸大名茂父子御在番の衆ハ一人も無之候、將又御家中三人の御朱印衆一人茂無在高麗候處ニ、又八郎於致渡海者、身つつから迄父子爰元にかんにん可仕様、誠ういき世のありさま可過之候、
一自然無地にて我等あい終候共、それの身持ゆへ、世上の人わらへに成候ハぬやうに頼入候、
一唐あつかい事、於日本ハもしく御隱密もや候すらん、此ふミ讀せ候する物に、能ともれ候はぬ様に申をれへく候、定而やかためてたく歸朝候て申うけ給はるへく候、かしこ、
「朱カキ」
「文禄三年か」八月七日
義弘
さいしやう殿
- 根拠・参照箇所
- geminiによる原文写し
- 投稿者
- keicho
- 投稿日
- 2026-08-10
書き下し文
管理人採用済み「義弘公御譜中」
「正文加治木飛城権右衛門経秀に在り」
尚々(なおなお)平松へも、無事に今日まで老躰ながらえ候由、心得るべく候。また孫たちへも申したく候。また今程は栗野へも平松堪忍(かんにん)候やと存じ候。
一、栗野内城さぞかし心細く(寂しく)候らんと、これより思い遣りたるばかりにて候。
一、娘へもそれより珍しき(恋しき)事身に余り候由、心得るべく候。
一、いずれも男女奉公申し候者共へ、それより心得頼み入り候。
一、花香取り候本尊の御前の祈念房(きねんぼう)等へも、いよいよ頼むのよし心得るべく候。
一、野添善兵衛尉参り候砌(みぎり)、委細言づて共申し上げ候、定めて申し候らんと存じ候。
一、野添善兵衛尉か彼の大主(おおぬし)か参候する折節、細やかに音訪(おとず)れ承るべく候。
一、大心(だいしん)今にさかしく(賢く・元気に)候哉、如何に候覧と存じ候。
一、申し度き事は多山(多大)尽きず候へども、書きあへず候間、筆を止め候、巨細は大主へ相含め候、ここ元の様態彼是聞かるべく候、以上。
わざと申し上げまいらせ候。よって唐(明)と日本との扱い(和議・交渉)も合い切れ(決裂し)候由、言い散らし候。さては我等帰朝の儀は、なかなか思い絶えたる儀に候。然れば又八郎(忠恒)事渡海無きように候えかしと、明け暮れ思いまいらせ候。久四郎(忠清)事も干今(今なお)在京候哉、いかがと存じまいらせ候。然れば彼(忠恒・忠清ら)が三年間辛苦辛労仕り候事も、御家のため、または子供の奉公と存じてこそ、歩き参り候儀に候のに、さぞかし我等無くなり候わば、子供の身体行動如何になり行くべき衣装(意向)身体の事は、袖に涙もせきあえぬばかりにこそ候へ。先の儀は言い及ばず、子供のために候間、それの覚悟ゆえ足を立てられぬように候わば、我等無跡(死後)に、たとえ一万部の経を読みて手向けられ候わんよりも、嬉しかるべく候。
一、日本の諸大名も父子御在番の衆は一人もこれ無く候。将又御家中三人の御朱印衆一人も高麗に無き所に、又八郎渡海を致し候においては、身つつから(親族)まで父子ここもとに堪忍仕るべき様、誠にうき(憂き)世の有り様これに過ぐべからず候。
一、自然無地(無念)にて我等あい終わり候とも、それの身持ちゆえ、世上の人笑われになり候わぬように頼み入り候。
一、唐扱い(明との交渉の)事、日本においてはもしや御隠密(秘密)にや候すらん。この文読ませ候する者に、能く能く漏れ候わぬように言い折る(念押しする)べく候。定めてやかため(めでたく)帰朝候て申し上げ承るべく候、かしこ。
八月七日
義弘
さいしょう殿
- 根拠・参照箇所
- geminiによる書き下し文
- 投稿者
- keicho
- 投稿日
- 2026-08-10
現代語訳
管理人採用済み追伸。平松(の者たち)へも、私が無事に今日まで老骨を保っている旨、お伝えください。また孫たちへもよろしく言ってやってください。また今は栗野だけでなく平松でも我慢(辛抱)して滞在しているのでしょうかと思っております。
一、栗野の内城(留守宅)はさぞかし心細いことであろうと、こちら(朝鮮)から思いを馳せるばかりでございます。
一、娘(御下)へもそちらから、恋しく思う気持ちが身に余るほどであるとお伝えください。
一、どちらの屋敷でも男女問わず奉公してくれている者たちへ、そちらからくれぐれもよろしくお言付けを頼みます。
一、お花や香をお供えしている本尊の前で祈祷をしてくれている僧侶(祈念房)たちへも、ますます頼みにしている旨をお伝えください。
一、野添善兵衛尉が(日本へ)戻りました際、詳しい伝言を託しましたので、きっと報告していることと存じます。
一、野添善兵衛尉か、あの大主(使者・重臣)が参りました折には、細やかに手紙やお便りをいただきたく存じます。
一、大心(侍女・側近)は今も元気に過ごしておりますでしょうか。どうしているかと気になっております。
一、申し上げたいことは山々あって尽きませんが、書ききれませんので筆を置きます。細かい事情は大主(使者)に含め含め言い含めてありますので、こちらの様子は彼からあれこれとお聞きください。以上。
特に差し上げます。明(唐)と日本との和議交渉が決裂したとの噂が広まっております。そうなると、私たちの帰国などはまったく思いもよらない(絶望的な)こととなりました。それゆえ、又八郎(三男・忠恒)だけは絶対に海を渡って(朝鮮へ)来ないでほしいと、明け暮れ祈るばかりです。久四郎(四男・忠清)も未だに京都におりましょうか、どうしているだろうかと案じております。そもそも彼らがこの3年間、辛苦辛労してきたのも、すべて御家のため、また子供たちの奉公のためと思ってこそ(あちこちへ奔走し)耐え忍んできたというのに、万一私が(この地で)死んでしまったら、残された子供たちの立場や行末はどうなってしまうのか……そう思うと袖に涙が溢れ、押さえきれないほどでございます。過ぎ去ったことはともかく、すべては子供たちのためなのですから、あなたがしっかり覚悟を決めて(国元を守り)、子供たちが立ち行かなくなる(足をすくわれる)ようなことのないようにしていただけるなら、私が死んだ後に、たとえ一万部の経文をあげて供養されるよりも、ずっと嬉しく存じます。
一、日本の諸大名を見渡しても、父と子が揃って朝鮮に留まっている家など一目もございません。まして我が家中の「御朱印衆」(家督・名代の重臣)3人のうち、一人として高麗(朝鮮)におらぬというのに、ここで又八郎(忠恒)まで海を渡って来るとなれば、身内揃って父子ともどもこんな最前線に身を置くことになり、誠にこの世の情けない(辛い)ありさまの極みでございます。
一、万一、私が無念のままこの地で没することになろうとも、あなたのしっかりとした振る舞いによって、世間の人々から笑われるようなことのないよう、どうか頼み入ります。
一、明との交渉の件は、日本ではもしかすると秘匿(極秘)にされているかもしれません。この手紙を読ませる者には、決して他へ漏らすことのないよう強く言い含めて(秘密を守らせて)ください。いずれ無事に帰国いたしました際に、直接お話し申し上げ、またお話を聞くことにいたしましょう。かしこ。
8月7日
義弘
さいしょう殿(妻・実窓院)
- 根拠・参照箇所
- geminiによる現代語訳
- 投稿者
- keicho
- 投稿日
- 2026-08-10