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後編2-No.1067文書

石田正澄書状

(文禄2年)2月15日

確認度

概要

豊臣秀吉の渡海は四、五月頃になる見込みで、先発衆の渡海後となるため船の到着次第だと伝える。島津義久の御目見は秀吉に時間がなく未実現だが、細川幽斎らと相談して早く実現させると述べる。 高麗では平壌の小西行長軍が朝鮮・明軍との戦いで敗れて江陰まで退いたとの注進を報告する一方、兵庫頭島津義弘は無事なので安心するよう知らせた戦況・取次書状。

登場人物

石田正澄、島津義久、島津義弘、小西行長、細川幽斎、豊臣秀吉

宛先

島津義久側近衆

キーワード

石田正澄、島津義久、島津義弘、小西行長、細川幽斎、豊臣秀吉、平壌、江陰、渡海、御目見、戦況報告

冊子頁

673~674

読込量

面白さ

★★★★★

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(6)578~712頁(文禄元~文禄2).pdf