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後編1-No.594記録

箕輪伊賀覚書

元亀二年六月廿三日

確認度

概要

元亀二年六月二十三日暁、島津貴久が五十八歳で没し、義久・義弘・歳久・家久ら一門から庶民まで父母を失ったように嘆いたと記す。鹿児島南東の海辺に松を植えて寺を建立し、法号を龍洞大中庵主としたのが松原山南林寺であるとする。貴久は十二、三歳で忠兼の養子となった時から非凡で、将来三州太守になると見抜いた老人の逸話を載せる。

登場人物

島津貴久、島津義久、島津義弘、島津歳久、島津家久、島津忠兼、島津一門、領民

宛先

キーワード

箕輪伊賀覚書、元亀二年、島津貴久、死去、五十八歳、島津四兄弟、領民、南林寺、龍洞大中庵主、島津忠兼、養子、非凡、予言

冊子頁

249~250

読込量

面白さ

★★★★★

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(2)101~259頁(永禄5~元亀2).pdf