前編2-No.577記事
島津国史
年月日未詳
確認度中
概要
応永四年、島津元久が福昌寺の寺法を定めた記事に続き、義天と忠朝を島津両家の名代として博多方面へ派遣した経過を記す。両名は渋川満頼・今川了俊らと会見し、贈答・饗応を受けながら軍事と領国支配を折衝した。寺院制度の整備と鎮西探題への外交を同年の政策として示す。
登場人物
島津元久、島津久哲、島津忠朝、義天、渋川満頼、今川了俊
宛先
—
キーワード
島津国史、応永四年、福昌寺、寺法、義天、島津忠朝、渋川満頼、博多、名代、饗応、外交
冊子頁
168~169頁
読込量
大
面白さ
★★★★★
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(2)156~271頁(応永2~応永19).pdf