前編1-No.67記事
西藩野史
年月日未詳
確認度高
概要
『西藩野史』巻三の島津忠久伝。記事は忠久を源頼朝の長子、母を比企能員の妹・丹後局とし、北条政子の嫉妬を避けて伊豆から播磨国住吉へ逃れた局が、治承三年、宿泊を拒まれた末に住吉明神社傍の石上で忠久を産んだと伝える。大雨の夜に狐火が母子を照らしたため稲荷神を氏神としたとの由来、頼朝が児を三郎と名づけたこと、丹後局の帰東と惟宗広言との婚姻、畠山重忠による元服と「忠久」命名、島津荘下司職や薩摩・大隅・日向三州の支配に関する由緒を叙述する。一方、『東鑑』その他の記録と年齢・年代を照合し、元服時三歳説などを否定・疑問視しており、惟宗姓・島津称号と所職獲得の由来を、異説を挙げながら史料批判的に検討した記事である。
登場人物
島津忠久・源頼朝・丹後局・北条政子・比企能員・惟宗広言・畠山重忠
宛先
播磨国住吉・住吉明神・稲荷神・島津荘・薩摩国・大隅国・日向国
キーワード
西藩野史、島津忠久、源頼朝、丹後局、北条政子、比企能員、惟宗広言、畠山重忠、治承三年、播磨国住吉、住吉明神、狐火、稲荷神、氏神、出生伝承、三郎、元服、東鑑、惟宗姓、島津荘、三州守護、史料批判
冊子頁
38~39頁
読込量
大
面白さ
★★★
原文を確認
(1)口絵・序文・解題・例言・目次・本文1~130頁(長久2~承久3).pdf